草月ArtCenter

内容
1958 「シネマ58」による亀井文夫記録映画特集、安部公房による「草月教養クラブ」などを開催。
1959 1959年 島崎敏樹他の「LSDの実験」、寺山修司、堂本正樹などによるモノログ詩劇
「鳥グループ」公演。「モダン・ジャズの会(仮称)」が三保敬太郎、武満徹、八木正生、
植草甚一らで発足準備会。他にも園田高弘ピアノ演奏会、勅使河原宏監督の「ホゼ-・トレス」試写会、ミッシェル・タピエの講演とスライドの会などを開催。
1960 「モダン・ジャズの会」が「エトセトラとジャズの会」と改称して本格的に活動、植草甚一、八木正生、武満徹、谷川俊太郎、山口勝弘などで6回の例会を行う。「草月ミュージックイン」はこの年10回の企画。平岡精二、水島早苗、八木正生、宮間利之、杉浦良三、前田憲男、谷川俊太郎、寺山修司、三保敬太郎、山屋清、原信夫、八城一夫、白木秀雄、大橋巨泉、渡辺貞夫、原田政長、サイラス・モズレーらが個々に、あるいはグループを率いて登場。「作曲家集団」は5回の発表、「林光個展」(岩城宏之、友竹正則)、「武満徹個展」(観世寿夫、林リリ子)「松平頼暁個展」(岩城宏之、峯岸壮一他)「岩城宏之個展」(観世寿夫・栄夫・静夫)「諸井誠個展」(ヨネヤマ・ママコ、秋山邦晴他)が実現する。また久里洋二、柳原良平、真鍋博による「アニメーション3人の会」もこの年から発表を開始。
1961 「草月ミュージックイン」は年6回の公演、久保田二郎、武満徹、斉藤隆、水島早苗、三保敬太郎、宮沢昭、八城一夫、後藤芳子、小割まさ江、古谷充、八木正生、雪村いずみ、渡辺貞夫らが個人・グループで参加。「草月コンテンポラリーシリーズ」では高橋悠治ピアノリサイタルと一柳慧作品発表会、「作曲家集団」は「グループ・エギジビション1」(黛敏郎、芥川也寸志他全会員)、「間宮芳生個展」(森正指揮、東混他)を開催。「草月シネマテーク」も活動を開始、勅使河原宏の「ホゼ-・トレス」、松本俊夫の「西陣」、クラインの「ブロードウェイ・バイ・ライト」、和田勉の作品を上映。他に、イアニス・クセナキスによる「実験音楽会」、土方巽演出による元藤燁子の「燁 Dance Recital」、武智鉄二作品発表会、「グループ音楽」第一回コンサート(小杉武久、水野修孝、塩見允枝子)が開催される。
1962 「3人のアニメーション」発表会、SAC例会における勅使河原宏監督の「おとし穴」の試写、岩田宏、谷川俊太郎、清水浩二らによる人形劇団「ひとみ座」公演、ペーター・クーベルカ作品試写会、若松美黄、木村百合子、高橋悠治らによる「ダンス・アクティヴィティ1」などを開催。また「草月シネマテーク」は2回の開催を通して、チャプリン等創成期の喜劇映画などを上映。「草月ミュージックイン」は猪股猛、前田憲男、八木正生、宮沢昭らによって2度の企画を実施。「草月コンテンポラリーシリーズ」では「作曲家集団」として「三善晃個展」(松村禎三)を、また、テオ・レゾワルシュの「エクスペリメンタル・マイム」、高橋悠治、一柳慧、オノ・ヨーコ、粟津潔、黛敏郎、小林健次らによって8回の公演を実施するが、この年最大の話題は、ジョン・ケージとデービッド・テュードアによるイベント。東京文化会館、京都会館、大阪御堂会館などを巡回し、草月ホールではオノ・ヨーコ、一柳慧、高橋悠治などとのコラボレーションも行われ、「ジョン・ケージ・ショック」と呼ばれるほどの反響を巻き起こした。
1963 「バウハウスと今日の芸術」の講演と演奏が行われ、川添登、秋山邦晴、高橋悠治が出演。「アニメーション3人の会」が発表。「演奏家集団・New Direction」が活動を開始、芥川也寸志、高橋悠治、一柳慧、野口竜らが指揮者や演奏家として登場する。「草月ミュージックイン」は八木正生トリオで公演、土方巽ほかの「暗黒舞踏派」も出演、さらに内山綾子モダン・ダンス・リサイタル、小杉武久、刀根康尚による「Sweet16」も開かれている。
1964 「草月シネマテーク」では大島渚作品上映など5回の企画実施。さらに「白南準作品発表会」、若杉弘指揮による「演奏家集団・New Direction」第5回演奏会、「具体詩展」、水田晴康演出の丹谷弥谷津子らによる「草月実験劇場」公演、「小野洋子さよなら演奏会」、「アニメーションフェスティバル」が実現。ほかに「人間座」による寺山修司作「吸血鬼の研究」公演、ニューディレクション弦楽4重奏団演奏会、「Collective Music」(一柳慧、武満徹、小杉武久、赤瀬川原平)などが催されたが、この年最大の呼びものはジーン・アードマン・グループによるミュージカルプレイ「6人を乗せた馬車」の開催と、11月に来日し、東京サンケイホール、神戸、国際会館、大阪フェスティバルホールでの公演によりセンセーションを巻き起こした「マース・カニングハム・ダンス・カンパニー」。ジョン・ケージとD・テュードアの演奏会も開かれ、「ローシェンバーグへの公開質問会」も開催された。
1965 「草月シネマテーク」は「日本映画の足跡」と題して2度開催、「アニメーション・フェスティバル65」も実現。さらに、テオ・レゾワルシュなどによる「マイム・フェスティヴァル」も開催される。
1966 「草月シネマテーク」では「世界前衛映画祭」「フリッツ・ラング特集」などを上映。河野典正、吉田謙吉、及川広信らによる「アルトー館」の公演、「人間座」による「吸血鬼の研究」の公演がもたれる。さらに「アンダーグラウンド・シネマ」「アニメーション・フェスティヴァル’66」も実現、「空間から環境へ」展ではアイ・オー、山口勝弘、粟津潔、塩見允枝子らが、また「電子計算機構成による多体系空間の表現」と題した「バイオゴート・プロセス」では、大辻清司、神田昭夫、山口勝弘他が登場した。
1967 「アンダーグラウンド・フィルム・フェスチバル」開催、「草月シネマテーク」は「アニメーションへの招待」開催、寺山修司の「天井桟敷」は年2回の公演を行う。この年第一回「草月実験映画祭」実施。
1968 「草月シネマテーク」はヤクザ映画、怪奇と幻想を特集。黒川紀章、横尾忠則、粟津潔などによる「Expose1968」シンポジウム「なにかいってくれ いまさがす」も開催。石川晶、前田憲男他による「ジャズ・ロック・リラックス」、サトウ・サンペイ、筒井康隆、土屋耕一、大林宣彦、西尾忠久らによる「映像・デザイン研究ー饒舌の映像」が開催、「フィルム・アート・フェスティヴァル東京'68」も実現する。
1969 「スタン・ヴァンダービーク来日特集」、「草月シネマテーク」では溝口健二、ルイス・ブニュエル、アンドレ・キノの特集。「フィルム・アート・フェスティヴァル東京'69」がゲバによって急遽中止に。
1970 「草月シネマテーク」が飯村隆彦、荒川修作、寺山修司、ジャン・リュック・ゴダール、チェコ、キューバを特集。
1971 草月アートセンター解散

このページの先頭へ